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OS/2ちゃんねる(´∀`)

1 :SYS7743 ◆ecIdAwsQ :02/04/05 18:38
オイコラ、現役ユーザーや元ユーザーのお前ら!!
ここはOS/2の魅力やダメなトコロをネタに騙り合いつつ、
OS全般スレと間違えたヤシらの痛い書き込みをマターリと楽しむ隔離スレです。

以下のルールでおながいします。

・煽り荒らしは放置プレイ。マジレスカコワルイ
・dat落ちしない程度にsage進行。
・有用な情報やQ&Aは別スレで。
・キリ番ズザーやmituto、puchiwaraは(・∀・)スッコンドレ!!!!

↓別スレ↓
OS/2って? 【その/2】
http://pc.2ch.net/test/read.cgi/os/1014023911/l50
OS/2って?
http://mentai.2ch.net/os/kako/950/950095672.html

つーか正直、OS/2ユーザーってどうよ? >>2-1000

2 :Over 1 Thread:02/04/05 18:39
このスレッドは1を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

3 :Be名無しさん:02/04/05 18:40
      ∧_∧      ∧_∧                      ∧_∧  .∧_∧
     _( ´∀`)    (´∀` )                     (  ´∀) (´∀` )
  三(⌒),    ノ⊃    ( >>1  )   糞スレは            ≡≡三 三ニ⌒)    .)   立てるなって
     ̄/ /)  )      | |  |                      /  /)  )  ̄.| |  |           
    . 〈_)\_)      (__(___)   1                 〈__)__)  (__(___)    2

         ∧_∧  ,__ ∧_∧                           ヽ l //
        (    ´)ノ  ):;:;)∀'''')                ∧_∧(⌒) ―― * ―――
        /    ̄,ノ'' バ  )   言っただろうが      (    ) /|l  // | ヽ   ヴォケー!!
       C   /~ / /   /                  (/     ノl|ll / / |  ヽ
       /   / 〉 (__(__./      3             (O  ノ 彡''   /  .|        4
       \__)\)                        /  ./ 〉
                                    \__)_) 

4 :Be名無しさん:02/04/05 18:41
>>1
氏ね

5 :ここは:02/04/05 18:41
>>1
氏ね

で1000を目指すスレになりました。

6 :Be名無しさん:02/04/05 19:16
>>1
氏ね

7 :John暖簾:02/04/05 19:43
Imagine there's no Windows
It isn't hard to do
Nothing to freeze or abend by
And no Microsoft's too
Imagine all the people
brousing Web in peace

>>1
氏ね

8 :Be名無しさん:02/04/07 01:39
brousingってなんだよ?>>7

おっとついでに

>>1
氏ね

9 :Be名無しさん:02/04/11 21:20
>>1
氏ね

10 :Be名無しさん:02/04/15 21:30
保全age

>>1
氏ね

11 :Be名無しさん:02/04/15 21:49
ageんなよヴォケ

>>1
氏ね

12 :Be名無しさん:02/05/04 17:25
PTF age

>>1
氏ね

13 :Be名無しさん:02/05/04 18:50
http://www.katch.ne.jp/~manion/
とったんラヴュ


14 :Be名無しさん:02/05/04 19:43
DosExit(EXIT_THREAD, 0)

>>1
氏ね

15 :Be名無しさん:02/05/05 13:18
>>2 ワラタヨ

>>1
氏ね

16 :Be名無しさん:02/05/06 07:00
まーせっかくあるんだからこっちに書いてみるtest

LAME v3.92のOS/2実行形式をMMX/3DNow!付きで作ってみたので
お前ら試して下さい。
ttp://www.serina.org/anon-ftp/incoming/lame392mmx_test.zip

お約束ですがemx runtime要。
# gccなんで遅いかも。pgccどこにやったっけ...

おっと忘れるところだった。
>>1
氏ね

17 :Be名無しさん:02/05/06 12:08
>>1
氏ね

18 :Be名無しさん:02/05/07 14:27
>>1
氏ね

19 :氏ね:02/05/09 01:49
通販しますた。

20 :Be名無しさん:02/05/26 17:33
>>16
少し遅くなったがpgccでコンパイルしてみたのを置いた。
お前らもう一度試して下さい。
ttp://www.serina.org/anon-ftp/incoming/lame392mmx_test2.zip

>>1よ保守してやった漏れに感謝しろ。
つーかSYS0743だろ。なわけで

>>1
氏ね

21 :SYS0743:02/05/26 17:37
つーか、

[C:\]help SYS0743

SYS0743: サーバーの停止が成功しました。

そのメッセージ ID 番号に対するヘルプは用意されていません。

22 :Be名無しさん:02/06/10 23:46
>>1
氏ね

23 :Be名無しさん:02/07/06 13:30
保守

>>1
氏ね

24 :ぱか:02/07/18 17:01
     ___
    /     \     ________
   /   ∧ ∧ \  /
  |     ・ ・   | < 氏ねよおめーら
  |     )●(  |  \________
  \     ー   ノ
    \____/



25 :Be名無しさん:02/07/19 11:45
>>24
氏ね

>>1
氏ね

26 :Be名無しさん:02/07/20 22:26
. . .

27 :Be名無しさん:02/07/22 11:14
>>1
生きろ

28 :Be名無しさん:02/07/22 20:59
Team OS/2 Japanのページ
http://www.hyperactive.gr.jp/OS2/
更新してくり。


29 :Be名無しさん:02/07/23 01:24
  ∩_∩  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  (¶ ´m`)<  呼んだかのぅ?
 (つ W ) \_____
  >|| ) )
 (_||__)_)

30 :Be名無しさん:02/07/23 23:45
[E:\]help sys0743

SYS0743: server stopped successfully

No help is available for the message ID number requested.



31 :Be名無しさん:02/07/27 21:58
保守兼ねてかきこ。
SCSI H/Aを腐れドライバーなInitioから最低ランクだけど
Symbios53C810に変更してこれほど変わるとは思わんかったYo...

IDの順番によっちゃあ落ちるわ、たかがCD-ROMの転送負荷でも
やたらと高いわどーしよーもねーH/Aだった... >Initio

Symbios(今違う名前だっけか)サイコー!!

# CDブート面白いね

そうそうこれも忘れずに
>>1
氏ね

32 :Be名無しさん:02/07/31 15:57
>>1
氏ね

33 :Be名無しさん:02/08/01 02:17
>>1
氏んだ?

34 :Be名無しさん:02/08/02 02:03
>>33
いやまだ

>>1氏ね

35 :Be名無しさん:02/08/03 19:56
>>32 氏ね。

36 :Be名無しさん:02/08/03 20:12
http://pc.2ch.net/test/read.cgi/os/1014023911/l50
から先に消費してくらさい。> All

>>1 >>32
氏ね

37 :Be名無しさん:02/08/05 20:31
>>1 氏ね

38 :Be名無しさん:02/08/30 22:04
>>1
氏ね

39 :Be名無しさん:02/09/20 00:34
>>1

氏んでくさい。おながいします。

40 :Be名無しさん:02/09/20 23:52
先週のことです。
私が車を止めると、突然三人組の男が現れました。

一人が優しく声をかけた後、二人がかりで私のボディーを撫で回してくるのです。
なすがままの私にもう一人の男が手に余る程の硬く反った一物を乾いたアソコに
生でゴリゴリと突っ込んできました!!もっと優しくして!!キズがついちゃう!!

何も出来ない私はただ終わるのを待ちました。
そして男は私の穴の中に、たっぷり注ぎ込み穴の周りを拭きながら言いました・・・



||
|| ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
||( ´∀`)< >>1 司ね
⊂    )  \_____
||| | |



41 :j:02/09/21 20:46
>>1〜40死ね

42 :Be名無しさん:02/09/22 15:17
>>40
えちねた板逝けや
>>41
氏ね

>>1
氏ね

43 :Be名無しさん:02/10/03 01:50
>>1
氏ね

44 :IRA☆SUMA:02/10/14 08:55
ども

45 :Be名無しさん:02/11/11 16:29
まだあったのかここ
OS板って1本のスレの息が長いな…


>>1
氏ね

46 :Be名無しさん:02/12/03 14:24
保守

>>1
氏ね

47 :Be名無しさん:02/12/15 22:26
<b>>>1氏ね</b>

48 :Be名無しさん:02/12/15 22:28
" ><b>>>1氏ね</b>

49 :ななし/2:02/12/23 03:05
記念に書いておくか。ここも一応OS/2スレッドだし。

おっと
>>1
氏ね。

50 :Be名無しさん:02/12/28 22:07
記念age



51 :Be名無しさん:02/12/29 11:34
クソスレの中のクソスレだな。

>>1
氏ね。

52 :Be名無しさん:02/12/29 13:15
>>50
ageんなボケ

>>1
氏ね。

53 :SYS0743:02/12/29 16:19
Stardock の OS/2 史

By Brad Wardell


この週末、二階にあった私の仕事部屋から地下の新しい「研究室」に荷物を移すため、妻と私は「資料」を箱詰めに
していた。 見つけたもののいくつかに私は驚いたのだが、そんなものを持っていたのをずっと忘れてしまっていたか
らだ。 腕時計に財布、高級ペン、置き時計といった、IBMからのもろもろの贈呈品。 あれからいろいろあったのだと
私は思わずにいられなかった。

すべての企業には、設立過程と目的についての独自のストーリーがある。 ほとんどのテクノロジー企業はこんにち、
ベンチャーキャピタルから出資を受け、一攫千金を夢見て市場に飛び込んでいくようである。 創業者はふつう、彼
らがうまくいくと考えるなにものかを見、資本を得てそれを追求する。 Stardock の歴史はまさに二部――OS/2
Stardock と Windows Stardock にわけられる。 なぜなら二者の間で多くのものが変わったためであり、この小文では
OS/2 Stardock のことを語ることにする。


>>1
氏ね

54 :SYS0743:02/12/29 16:21
1993-1994 : はじまりは…

OS/2 Stardock は1993年に生を受けた。 私は大学生で、電気工学の学位を取ろうとしていた。 極めて慎ましやか
な出自であり、学費を払うのはかなり難事だった。 そのために私は当時、三つの仕事をこなしていた。 ひとつめの
仕事は、電気工学過程での実験指導員および臨時代用教官。 二つめの仕事は、地学科で教授の助手として、そ
こでは実のところ科のマック研を管理させられていた。 最後の仕事は、パーソナルコンピュータをパーツから組み
立てることだった。 この仕事が "Stardock Systems" の管轄下にあった( "Stardock SYSTEMS" という社名のいわ
れは、そういう訳である)。 このPCは OS/2 がプリイントールされていた(私は物置に走っていき、OS/2 2.1 を引っ
張り出して、マシンにイントールするのだった)。

人々が OS/2 狂について語るとき、私は多くの点で最大級の OS/2 狂だった。 大部分の熱中屋はただ大口を叩く
だけだったが、私の入れ込みようはその域を遠く超えていた。 私は21歳のナイーブさで、ひとりの力で「OS戦争」
に新局面を作り出せると信じていた。 1993年6月、OS/2 がゲームのよいプラットフォームたりえるかという Usenet
の comp.os.os2.advocacy 上で起こった論争、そして comp.sys.ibm.pc.games.strategic での友人たちとの話のあと、
私はゲームを書こうと決めた。 どれぐらいキツかったかって? やりもしないうちは何でもできそうな気がするもので、
すぐさま大量の仕事があることを思い知った。 私は "Teach Yourself C in 21 days" と "OS/2 2.0 PM
programming" という本を買った。 それ以上の経済的余裕がなかったため、私の作ったゲーム、Galactic
Civilizations、その中にあるすべてがこの二冊でまかなわれたのだった。

>>1
氏ね

55 :SYS0743:02/12/29 16:24
一例をお目にかけよう――GalCiv on OS/2 では、個々の宇宙船は実のところ SS_ICON スタイルの普通のウィンド
ウである。 それで、あなたがこのゲーム中で船を動かすとき、私はたんに WinSetWindowsPos を使って船を X,Y
の座標に動かしている。 それそのものとしての「グラフィック」はまるで存在せず、すべてアイコンが動き回っているだ
け。 それというのも、先の2冊以上のものに手が出せず、そしてそれらの本がグラフィックプログラミングをカバーして
おらず、アイコンとウィンドウ移動だけだったからなのだ。

次の年いっぱい、授業と講師、そしてその外の仕事の合間をぬって、私は Galactic Civilizations を書き上げた。
私は Gabriel Vizzard というIBMマンの目に留まったのだが、彼も私のように、DOS/Windows を押しのけて OS/2
が主流OSとなることを夢みていた。 彼は、私を手助けしてくれる多くのIBMの人々と私との間の橋渡しをしてくれ
た。 彼らは C/Set++ のような「本物の」プログラミングツールを提供し(GC 1.0 はほとんど GNU でやった。フリーだ
ったので)、多くの異なった人々に私を紹介した。 それらの人々のうち何人かは、我が社の歴史の一助となってくれ
た。 のちにはIBMを去り、Serenity という自分の会社を始めることになる Bob St. John のような人々は、「実社会」
がどのように動いているのかを教示してくれる上で非常に重要だった。 接点のすべてが上首尾だったわけではな
く、私が受けたレッスンのいくつかは非常に高くつくことになった。



>>1
氏ね

56 :SYS0743:02/12/29 16:25
たとえば、Galantic Civilizations の「販売」を打診してきたかの会社は、そういったことについて実際の経験も全くな
しにどこかの男が始めたものだと明らかになり、本格的な販売実力もない、そういったことを GalCiv で示したのだっ
た。 もちろん、彼が「まともな会社」だというふりをすることを私がとやかく言えはしない。 IBM幹部とのとある会合で、
私は寄宿舎の自室に座り、「GalCiv は、目下製作中にある唯一の OS/2 ゲームなんでしょうか?」と訊ねた。 IBM
側の人物が答えた「ああ、別のゲームはありますが、それは大学生の坊やみたいな奴が作っているんですよ、はっ
はっは、それで私どもとしては、その件についてあまり信を置かないようにしているのですよ…」 「あははは、ええ、
大学生の奴らですね、信用できませんね…」

(その学生ゲーム、OS/2 用フライトシミュレータはまったく完成しなかったので、この場合は彼らが正しかったのだ
が)


>>1
氏ね

57 :SYS0743:02/12/29 16:28
1995 : OS/2、その高みに到る…

GalCiv/2 1.0 のなし崩しは有意義な教訓となり、OS/2 ソフトを開発するだけでなく販売するため動機となった。 も
し、じゅうぶんな品質の OS/2 ソフトウェアがありさえすれば、そのソフトが OS/2 の「立場」に変革をもたらすような、
本格的な営業販売がなされると私は信じていた。 我々の「販売業者」は印税をまったく支払わなかったのだが(長い
話だ、と言っておけば、GalCiv 1.0 を「販売」する人物に対して私と妻が言った、あまり親和的とはいえない言葉を語
るに十分である)、ふたつのことが我々を救った。 ひとつめは、Shipyards という一本15ドルの GalCiv 追加パッケー
ジが何千部も売れたこと。 これは次の製品である OS/2 Essential への十分な資金となった。 ふたつめの出来事
は、IBM が GalCiv 由来の Star Emperor を IBM Funpak にライセンスし、投資のための少なからぬ資本ができたこ
とである。

>>1
氏ね

58 :SYS0743:02/12/29 16:30
こういったことすべてが、ちょうど起こるべきときに起きた。 私は、やはり OS/2 狂である Kurt Westerfeld と友達に
なっており、そのころ彼は KWQ/2 という強力な Fidonet 用ニュースリーダをリリースしていた。 彼は WPS(ワークプ
レースシェル)開発のエキスパートになっていた。 我々は共に、OS/2 のオブジェクト指向シェルが OS/2 の「キラー
アプリ」であるとの見解に立った。 もし我々がしかるべきプログラムで OS/2 シェルの力を用いれば、多くの人々が
OS/2 に乗り換えるだろう。 1995年秋、Star Emperor で得た資本を使い、Object Desktop を出荷した。 これはそ
の後ずっと、最もポピュラーな OS/2 プロダクトのひとつになった。 多くの人々にとって、Object Desktop なしに
OS/2 を使うことは耐えがたいことだったのだ。 それは OS/2 に欠けていたピースを完全に埋めるものであり、OS/2
にできることの明解なデモンストレーションとなった。

その年の暮れ、我々は Galactic Civilizations の権利を取り戻し、Galactic Civilizations 2 という続編として、我々自
身の手で販売した。 これらふたつのプログラムが、Stardock の OS/2 売り上げのほぼ大部分と言えるだろう。


>>1
氏ね

59 :SYS0743:02/12/29 16:31
これらの製品の成功を受け、よい OS/2 ソフトをもっと獲得して梱包すべく、我々は探索を開始した。 Avarice や
Trials of Battle、Process Commander、PMINews といったサードパーティ製ソフトや、その他いろいろのプログラム
を販売した。 我々も OD Professional や PlusPak、Entrepreneur といったもの、そしてほかにも OS/2 ソフトを開発
し続けた。 全部で1ダース以上の OS/2 製品が作り出された。


>>1
氏ね

60 :SYS0743:02/12/29 16:34
1996 : 終わりの始まり――擁護の限界

1996年が始まり、いまだ若い企業であり、金と己惚れの詰まった Stardock は、OS/2 が絶好調だと考えていた。
我々が知る由もなかったのは、この頃 IBM で何が起きていたのかである。 IBM は Workplace OS というプロジェク
ト(後に OS/2 for PowerPC と呼ばれる)に取り組んでいた。 このプロジェクトは何年もかかり、しかもほとんど結果が
出せずにいた。 もし OS/2 for PowerPC が1995年秋の Comdex までに完成していなければ、PSP(訳注:パーソナル・
ソフトウェア事業部…でしたっけ?)はおしまいだと IBM 最高幹部は通告を発していた。 彼らはそれを作らず、OS/2 の命
運は決した。 しかしそのことを我々が知るのにしばらく間があった(私がこう打ち込んでいるときさえ、これを認めない
ユーザがごまんといる。私自身、1998年に至るまで認めなかった)。

1996年初頭、私自身、そして CDS と Indelible Blue にいる友人という、発言力があり、成功した OS/2 ISV の3社
が集い、「32ビット同盟」を結成した。 我々はいくつかの OS/2 ISV をとりまとめ、OS/2 の全面広告を出すための宣
伝費を共同出資した。 小売/卸の面では、OS/2 ソフトの小売を促進すべく、Blue Orchards という新会社を通して
"Warpware" というようなものを組織した。 不幸なことに、1996年中頃までにはすでに OS/2 の SOHO 市場が微々
たるものとなり、ほとんどの小売 OS/2 ソフトは死に絶えた。 わずかばかりのものが(Partition Magic、GalCiv、
ObjectDesktop、Back Again/2、Performance Plus、それから System Commander)成功し、その一方で残りのもの
はごくわずかな本数しか売れず、数ある要因の中でもとりわけそのことが、Blueware(いくつかの OS/2 ISV、なにより
Stardock に多額の借金)を破産へと導いた。

>>1
氏ね

61 :SYS0743:02/12/29 16:40
これは痛い教訓だった――擁護の限界である。 思い入れをビジネスの判断基調に置いては
ならないのだ。 狂信者によって設立され、狂信者を雇い入れた企業は、OS/2 の市場現実を
なかなか認めなかった。 しかしこのエピソードが、事態は我々の思ったようなバラ色のもので
はまるでないことを肝に銘じさせた。 我々は依然として、「ああ、高すぎたからダメだったんだ」
とか「そんなに出来がよくなかっただけだよ」とか、何はどうあれ、お決まりの否認を続けていた。
しかし我々はつまるところ、自分たちが信じてきたほど多数の OS/2 ユーザがいないことに思
い至りつつあった。 たとえば、1996年の OS/2 Magazine には3万人未満の購読者しかいなかっ
た(贈呈分も含めて)。 推定1400万ユーザを抱える市場のなかで、これが統計的に有望な一
例でないことは明白だ。

この教訓がぎりぎりで間に合い、次のメジャーゲームである Entrepreneur を OS/2 上だけとする
かわりに Windowsと OS/2 の両方で作るという決定の強固な助力となった。

1996年の終わりまで、OS/2 が IBM の思っていた以上のものであることは、「事情通」の人々とっ
て明白なことだった。 Warp 4 は「ほらこれだ。俺達はこいつからおさらばしたい、そしてそう、すべ
てを JAVA で作るんだ。というわけで今後の皆さん方が身を寄せる場所をこしらえておくことにしよ
う」というほどのリリースではなかった。

>>1
氏ね

62 :SYS0743:02/12/29 16:45
1997-1998 : OS/2 市場の黄昏

1997年は我々にとってひどい年だったが、それというのも、前年の秋に出た Windows NT
4.0 に OS/2 ユーザが切り替え、OS/2 ソフトの売り上げがガタ落ちしたためである。

事態の光明が全く見えない1998年、Entrepreneur が世に出ると、何もかもが変った。
Entrepreneur、そのWindows 版は至極うまくいき、Object Desktop for Windows を完成させ
る時間を稼いだ。 1998年中頃、我ながら思いもよらぬことだったが、私は OS/2 Warp 4
から Windows NT に切り替えた。

OS の切り替え(バージョン番号のではなく、まったくの新 OS への)というのはなかな劇的
だ。 私が最初に実感したのは、1998年までに OS/2 がどれほど遅れをとってしまったの
かということである。 仕事上でより広範にコンピュータ利用する際、OS/2 をこんにち採用し
続けることがどれほどの損失かということに、ほとんどの OS/2 ユーザはまったく思い至ら
ない。 典型的な反応は「あんなのは必要ない」あるいは「こういう仕様は Windows にはどう
やってもできないから」だが現実は大違いなのだ。 たとえば私はリビングのカウチの上で、
自分のラップトップで、まったくケーブルもつなげずにこの文章を打ち込んでいる。
Intel Anypoint のおかげで私はずっとインターネット上にいるのだ。

63 :SYS0743:02/12/29 16:48
>>1
氏ね

この種のことを OS/2 では行えないし(非常に高価なワイヤレス LAN をセットアップしなけ
れば)、可能になるようなこともおよそないだろう。 OS/2 を人々が使うとき、プラグアンドプ
レイから基本的なソフトウェアサポートに至る多くのことが今やお手上げなのである。 多く
の専門家がすでにいた地点に「追いつく」ため、私は何ヶ月もかけたのだった。
Windows NT が、かつて我々が考えていたように「ぶくぶくの豚」や「バグ持ち」でもないこと
も私は学んだ(Win9x は確かにボロだったが)。

Warpstock'98 の後、私は OS/2 に再び打ち込んだ。 OS/2 を利用する、活気に満ちたコミュ
ニティがまだあったのだ。 「普通の」人々がどんどん他の OS に移っていったにもかわらず、
落伍者の増加にともない、OS/2 ユーザは、世の不公平さを愚痴りつつも自発的に何か前向
きなことをしない、不満気な辛口ユーザの一団めいたものになった。 しかし私は思った、ここ
が狙い目である。 いまだ OS/2 をメインに据える人々も十分にいたし、つい最近Windows に
切り替えたうちには、OS/2 が巻き返して一番になりうる望みがまた出てきたら戻ってくるような
人々が十分にいたのだ。

>>1
氏ね

64 :SYS0743:02/12/29 16:51
もし IBM が店で買える別バージョンの OS/2 を作りさえしてくれたなら、OS/2 はお手頃
な別の選択肢として生き残ることもできた。 しかし時は過ぎ去った。 日ごとに OS/2 のユ
ーザは諦め、流されていった。 我々は大胆なプランを持って、IBM に接近した――もし
そちらが OS/2 クライアントのもうひとつ別の販売形態をやるご予定がないのでしたら、
私どもがそれをやりましょう。 次のサーバ版 OS/2 を頂いて、サーバ部分を取り外して、
もっと自由にクライアント機能を更新させるための Stardock Development Network を設
置しましょう。 護持が主な理由であり、まともな事業判断は二の次だった。 クライアントを
やってもひどく儲かりはしないだろうが、我々が十分な数のユーザを OS/2に引き戻せた
なら、新規ユーザに売りこめる、いまだ卓越した技術力を誇示する1ダース以上の OS/2
製品が我々にはあった。 クライアントの枠を超え、追加ソフトウェアの売り上げからも利
益を生み出すのだ。 これぞ擁護と事業判断の完璧な融合――「もし」我々がそれを1999年
終わり以前に表に出せたなら。

>>1
氏ね

65 :SYS0743:02/12/29 16:59
我々の計画に含まれていたもの:

1) 新しいインストーラ

2) Stardock.net インスタントメッセージング(OS/2 ユーザが参加でき、同様にオンライン参
  加している OS/2 ユーザを探す)

3) Stardock.net インスタントウェブ(Apache をバンドルすることで Stardock.net と一体化し、
  ユーザが個々の JAVAベース仮想デスクトップをセットアップして Stardock.net に載せ
  ることができた。これにより OS/2 コミュニティはより簡単に意志疎通ができた)

4) SCUA '98 拡張 UI(フォルダ UI としてのナビゲーション・バー、プロパティダイアログの
  拡張、柔軟性に富む UIスキン、WinOS2 と OS/2 に同じ見た目を持たせる統合化)

5) Warp 2000 インテグレーションで、ユーザは warp2000.com に行って、使えるハードウェ
  アとソフトウェアをその場で判定し、リクエストに応じてソフトウェアを置く。 Tim Sipples
  が提唱した SmartCredits 構想とも連携する。 (ソフトウェア、助力、もしくは OS/2 ソフ
  トウェア、サービス、あるいはその他、Web スペースの割引に使えるクレジットをその都
  度もらえるようなあらゆるものを送ってきた OS/2 ユーザ内での通貨形態。 これが考案
  されたのは、OS/2 ユーザが IBM や Stardock、あるいは何か他の存在に依存せず、自
  分たちで助け合うための動機を後押しするためである)

デフォルトインストールは Warp 4 に比べてかなり軽くなるはずだった。 その心は、本当に
高速で小さい、融通の利く OS を作るということ。 だから OpenDoc や外部マルチメディアと
いった、使われもせずにディスク領域と RAM をふさいでしまうようなものは、デフォルトで
オフにしておくつもりだった。

66 :SYS0743:02/12/29 17:05
>>1
氏ね

1999-2000 : 市場はコミュニティへ

妥当な OS の計画について、IBM とのことは順調に、しかし緩慢に運んだ。 ライセンスされ
る OS/2 V5 クライアントの製品番号がないことが問題だった。 提案されたのは、Warp V4
を使い、これをライセンスして、それに我々の「腕を振るう」という方法である。 これに同意し
た場合、我々は1999年にクライアントを手にすることになるが、、そんなことをする奴は
OS/2 コミュニティで少なからぬ抵抗に遭うだろうと我々は信じていたし、いまでもそう信じて
いる(えっ?! FP6 修正済みの Warp 4 にあなたは150ドル払ってくれるんですか?!)。

我々の要求は、正真正銘掛け値なしに Warp Server for eBusiness (Aurora) をベースにし
たクライアントだった。 1999年の春までに、ユーザはじれにじれ、市場は日ごとに衰えて
いった。 さらに悪いことには、我々の開発チームは何かをし続けておかねばならず、
Object Desktop for Windows にますます専心し始めていた。 我々はついに締切を定め、
1999年第3四半期の終わり(1999年9月30日)までに契約に漕ぎつけねばならず、さも
なければ交渉を打ち切ることにした。

>>1
氏ね

67 :SYS0743:02/12/29 17:07
交渉は夏の間も進んでいたが、同じ問題が繰り返し持ち上がり、それは IBM の経営陣に
"Warp 5" クライアントのライセンス用製品番号を作る政治的意志がないことだった。 199
9年9月の会合の後、IBM はそのような番号を作ることはできないだろうし、新しい(V5 の)
製品版 OS/2 クライアントや製品番号を作る予定もないと、いう返事が戻ってきた。 OS/2
がいつか復活するというあまたの希望の、これが限界点だった。 ここに至って、OS/2 に
何とかしがみついていた残りの OS/2 ユーザの多くが、やはり諦めた。

数ヶ月のうちにはっきりしたのだが、口うるさい OS/2 コミュニティのかなりの部分が、往々
にして、マイクロソフト憎しの情、あるいは(こんにちまだアップル II を使っている人々のよ
うな)単なる惰性とは違ったところで OS/2 をさわったり使ったりしていたわけではない人々
なのだった。 OS/2 を使っていたことに何ら落度はなかったし、今もありはしないというのが
私の気持ちだ。 OS/2 は仕事をこなしてきた、それならどうして乗り換えたかって?


>>1
氏ね

68 :SYS0743:02/12/29 17:10
不幸なことだが、穏当な人々が去るにつれ、コミュニティの強硬派はますます人目を引き
寄せるものとなった。 死にかけ、あるいは沙汰止みのコミュニティの多くには怨嗟と不平の
声が満ち溢れがちであり、こと OS/2 においてもやはりそうなった。 突然 Stardock は「裏
切者」になったのだが、それは要するに、心中するつもりが我々にはなかったからだ。 心
配しなくても、非難する人々は自ら進んで犠牲になりなどしない。 彼らは非現実的なサポ
ートを期待してもいる。 半年から9ヶ月ごとに OS/2 ソフトウェアを更新するだけでは足りず
、Windows 版ほどに頻繁にせねばならず、そうでなければ「本物の」OS/2 ソフトウェアベン
ダーではないのだ。 仮にある企業やソフトウェア作者が、自分たちの OS/2 プログラムを
年に一回だけ更新したとすると、それと同程度の間、Windows 用のものを何もリリースしな
ければオーケーだ。 しかし同じ企業や作者が、OS/2 用にはふたつ、しかし Wjndows 用に
は4つのものを一年でリリースしたら、OS/2 を「捨てた」と彼らは突然非難する。 早くも19
98年、Stardock は OS/2 を「捨てた」と非難されていたが、それは Win32 ソフトを出し始め
ていたからであった。

>>1
氏ね

69 :SYS0743:02/12/29 17:12
「捨てた」とはどういうことか?

Stardock が OS/2 を捨てた、という OS/2 コミュニティの世論はは揺るぎないものとなって
おり、Warpstock 2000 で我々にブースを置いてもらおうと Warpstock が話を持ち掛けてき
たとき、交渉がこのように始まったほどだった「あなたがたが OS/2 から撤退したことはわか
っています、ですが…」。 これは、Stardock が2000年第1四半期にObject Desktop 2.02 for OS/2
をリリースし、Stellar Frontier for OS/2 を目下開発中であることをないがしろにするものだ
った。 このような了解も、むしろ我々の力点のかなりが Windows にあったためである。 ユ
ーザによってはそれを極端に受け取り、特に私が、そして Stardock もおおむね「裏切者」で
あること、そしてこれゆえ我々が叩かれるべきだということの根拠にした。


>>1
氏ね

70 :SYS0743:02/12/29 17:15
このことは E3 で身に染みた。 私はゲーム業界では、「同人」ゲームを作ったことでそれな
りに名を知られている。
ニュースグループを飛び回り、人々と語り合うのが好きだ。 ニュースグループで集中砲火
を浴びたことなど全くなかった。 私はおおむね「OS/2 用のゲームをちょくちょく作っていた
ゲーム開発者」として知られている。 だが、ニュースグループに投稿するたびほとんど必
ず、私が矢面に立たされ、「至らなさ」を公然と、かつ声高に罵られていると知れば、彼らは
驚くことだろう。 書き示しようがないものへの「心をなくしてしまった」ということで私は告発さ
れ、「被告人」になってしまった。 罪の第一は、我々の立場を明瞭にし、説明しようとしすぎ
たことである。 どの OS/2 ニュースグループでも、私もしくは Stardock についての言及は
たいてい、OS/2 ユーザからの反 Stardock コメントといった部類のものになるのだった。
おぼろな罪といえば、我々が OS/2 のために何もしなかったことでなく、今現在、十分に取
り組んでいないということ。 「最近何してるのさ?」

そして堂々巡りだ。 ひとりの OS/2 狂として私は出発したのだった。 OS/2 は私の根拠、聖
なる使命だった。 そして私はまた別の価値ある教訓を学んだが、それはできれば他の人に
学んでもらいたいものだった。 狂信がすぐさまあなたを虜にする。 多くの狂信者には心か
らの忠義がほとんどなく、そしてそのことは、あなた自身がもはや狂信者でないことがわか
ればすぐに、まぎれもない真実となるのだ。 狂信者にとって、あなたは完全に自分たちと共
にあるか、でなければ「敵」である。 中間はないのだ。

>>1
氏ね

71 :SYS0743:02/12/29 17:19
我々の OS/2 史は、会社にとって楽しい成長の一幕だった。 Windows Stardock は燃え尽
きた OS/2 市場と無関係に成長し、社員と顧客にとって、ひどく異なる環境となっている。
私にわかったのは、OS/2 それ自体にではなく、何かコンピュータの使い道を変えるかもし
れないようなクールなものを作り出せる発想に、自分が心焦がれていたいうことだ。 これが
思うに、私を OS/2 狂にしていたものである。 物事を為す良い道筋を、OS/2 が本質的に示
したのだ。

私はいまでも熱中屋だが、OS 狂ではない。 マシンの制御を超える力をユーザに与えるこ
とに熱中している。 マシンをどう使わねばならないのか人に指図するのではなく、その人に
いちばん合うものを自分で決めるための。 ある意味でより独特であり、ちょうど今熱中して
いるという点で、より個人的な入れ込みである。

私は OS/2 の日々をすこしも悔まない。 それは素晴らしい時であり、多くの友ができ、多く
のことを学んだ。 OS/2 が見せてくれた夢と前途を私は失ったが、その日々が証明してい
たのは、ちょっとしたやり方で「世の中を変える」ための新しい機会がいくらでもあるというこ
とだ。 しかし忘れてはならない、OS、マシン、あるいは何であれ、結局は生きていないもの
に過度の愛着を持ってはならないのだ。 ソフトウェアがあなたに仕えているであり、その逆
ではないのだ ;)

>>1
氏ね

72 :SYS0743:02/12/29 17:21
bwardell@stardock.com まで気軽に email を、でなければ、news://news.stardock.com/stardock.os2
で議論するのがもっと良いだろう。

それと、明るい面として、Serenity の Bob St.John は、eComStation という Warp4 ベースの
クライアント出荷を IBMに認めさせている。 最新の OS/2 FixPak には多数の Aurora コン
ポーネントが含まれているので、長期的に OS/2にとどまるつもりの OS/2 ユーザには
eComStation が非常に役立つだろう。 興味がおありなら Web サイトをチェックすれば、より
多くのことがわかるだろう。

>>1
氏ね


73 :SYS0743:02/12/29 17:26
この書き込み含む24連続投稿を終えた。

荒らしまがいではあったが、それでも折角のOS/2スレッドの一つ。
1000の内何か身になるものが23あっても別にいいのではという事でやってみた。

激しくスマン。

原文は勝手なコピペながら

http://hp.vector.co.jp/authors/VA003720/lpproj/os2/sd_os2j.htm

である。


それでは去る。
>>1
氏ね

74 :SYS0743:02/12/29 17:33
訂正
24連続→20連続

>>1
氏ね

75 :Be名無しさん:02/12/29 23:21
>>53-74
こんなクソスレに書くなよ

>>1
氏ね

76 :世直し一揆:03/01/02 11:29
<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ(偽善)に騙されるな!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」)
●他人に異常に干渉する(しかも好戦的・ファイト満々でキモイ)
●自尊心が異常に強く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする
(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際にはたいてい、内面的・実質的に負けている)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者に弱く、弱い者には強い)
●あら探しだけは名人級(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため、性格がうっとうしい(根暗)
●一人では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、体裁をいつも気にしている(「世間体命」、「〜みたい」とよく言う)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度も言う、知障)
●表面上意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をし、ストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬する(不合理な馬鹿)
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。しかも冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い(他人をけなして相対的に自分の立場を引き上げようとする等)

77 :Be名無しさん:03/01/03 04:21
あけおめのことよろ

>>76
>>1
氏ね 付けろや


>>1
氏ね

78 :Be名無しさん:03/01/05 13:27
>>1氏ね氏ね氏ね


79 :Be名無しさん:03/01/05 16:49
OS/2ってよかったらしいですね。マジで。

80 :Be名無しさん:03/01/05 20:25
  ∋8ノノハ.∩
   川o・-・)ノ <先生!こんなのがありました!
__/ /    /   
\(_ノ ̄ ̄ ̄\
||ヽ|| ̄ ̄ ̄ ̄||
 ...|| ̄ ̄ ̄ ̄||
http://muryou.gasuki.com/hiroyuki/

81 :SYS0743:03/01/05 22:16
>>79-80
>>1
氏ね

を付けてくれ。

>>79
OS/2はいいぞ。インストールがばっちり決まればWPSというUIは使いやすいぞ。
ソフトはネット上から捜そう(当然国内以上に海外で)。
情報もネット上から探そう。
IBM頼るよりユーザーの相互扶助自助努力さ。

>>1
氏ね

82 :シザース:03/01/13 20:15
>>1
氏ね

83 :K6-2:03/01/13 23:07
皆さん、21世紀のこの期に及んで、OS/2でサーバをおったてた(去年の話)馬鹿が会社におるんですわ。
アプリケーションサーバとしてOS/2上でMetaFlameとかいうエミュレーションソフトを動かし、その上で
NT4を動かし、それをOS/2クライアントからしばいてWindowsアプリがクライアント上で使えるようにするという仕様。こいつは40台ほどある、Pen133MHz, HDD1.4Gという何世代も前のIBMのPCを
捨てずに使わせる事に異様な執着をもっているDQNです。ちなみにWarp4でWin3.1とWord 6なんかがぼそぼそ動いているという前近代的環境が棲息していた。
とても本当の事と信じてもらえないでしょうが、Office2000を利用できる環境を構築する方法としてこのDQNが予算を使ってやろうとしたのがこれ。さっさとクライアントを置き換えれば済む話
なのに。(こんなことに予算をつけてやる上司もPCの素人とはいえあきれるほかないが)
もちろんこいつ、仕事(べつにPCさわってるのが本来の業務でない)もろくにしないオタクだから
、サーバマシンとMetaFlameで400万近く使って夜な夜な遊びながら1年近くかけてファイルサーバだけとりあえずでっちあげた。
でも所詮、オタク素人だからアプリケーションサーバはお手上げになり、結局去年末にクライアントを
置き換えてた。XP HomeからNet Vieweでサーバにアクセスしているようです。
皆さんすみません、わけのわからん内容のカキコ。OS/2もWin3.1の頃はオフィースで通信環境を構築し、ファイルサーバを利用するような場合によい選択で喜んで使ってたけど、こいつのおかげで印象悪くなっちゃてさ。
IBMはMCAといい、OS/2といい、技術の優位が必ずしもビジネスの覇権に決定的でない語り草になっちゃたね。

>>1
こんなやつじゃないよな

84 :Be名無しさん:03/01/14 02:03
無謀なことを止めずにこんなところでグチグチしてる方が悪い。

専用ハードウェアの都合というならともかく、
普通の互換機で足りるならそそくさとデル辺りに取り替えた方がよほど良かっただろうに。

85 :Be名無しさん:03/01/14 12:27
>>83
メインフレームの亡霊みたいな香具師だなぁ。

そういう香具師を見つけたら、ムーアの法則ってやつをそいつに
教えてやってください。Pen133の10倍以上のマシンが4万円を
切っているという事もね…。>>1以外

>>1 氏ね。

86 :Be名無しさん:03/01/14 14:20
>>83-85
本スレに書けよおめーら。

>>1
氏ね

87 :K6-2:03/01/14 23:54
>>94

まったくその通り。

88 :山崎渉:03/01/15 11:48
(^^)

89 :Be名無しさん:03/01/20 16:21
    ___
    /     \     _________
   /   ∧ ∧ \  /
 |     ・ ・   | < >>1 氏ね
  |     )●(  |  \____
  \     ー   ノ
    \____/


90 :Be名無しさん:03/02/11 12:28
age

91 :Be名無しさん:03/02/15 17:51
ageage

92 :Be名無しさん:03/02/15 17:57
これか?http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=HZK9G+5HNXMA+1I6+644DT

93 :De名無しさん:03/02/16 20:33
     ___________
    /
(*゚ー゚)<>>1氏んでね
    ?__________

94 :De名無しさん:03/02/16 20:34
はじめてのAAミスだらけだ(w

95 :Be名無しさん:03/02/26 02:04
>>94
男は>>87のネタ振りを無駄にしてはならない

96 :Be名無しさん:03/03/09 23:28
ヘ(^0^)ヘ 

97 :l:03/03/09 23:31
↓↓↓↓↓★ピンクエンジェル★↓↓↓↓↓
http://www.pink-angel.jp/betu/linkvp/linkvp.html

98 :山崎渉:03/03/13 16:33
(^^)

99 :山崎渉:03/04/17 11:53
(^^)

100 :Be名無しさん:03/04/19 17:13
100ゲト
>>1氏ね。

101 :山崎渉:03/04/20 05:59
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

102 :Be名無しさん:03/05/12 00:30
なかなかしぶといスレだな。

103 :Be名無しさん:03/05/18 23:37
OS/2は、OSとしては良くできてたよ。デスクトップのオブジェクト
指向の考え方は、いまだにWindowsでは実現できてない。IBMは、
WPSとOS/2の技術をGNUに寄付してLinuxに実装して欲しいね。あれを
ごみ箱行にするのは、もったいなさすぎる。

 マイクロチャネルといい超一級の技術を無駄にするIBMは、少し
コンピューター社会へのフィードバックを考えた方がいいよ。

104 :WS(・∀・)B nttkyo026026.tkyo.nt.isdn.ppp.infoweb.ne.jp:03/05/19 01:36
>>103
漏れは今の設計のままWPSを別プラットフォームへ持って逝くのには
反対なんだな。
せめてオブジェクトクラスをプロセス独立にしてくれんと変な造りの
外部クラス持ち込んだだけで全部お亡くなりになるしなー

つーか本スレに書けや。ageるな。それと>>1氏ね。

105 :Be名無しさん:03/05/20 07:00
DSOM っつーかそのホスト名は一体何なのさ。

106 :WS(・∀・)B nttkyo026026.tkyo.nt.isdn.ppp.infoweb.ne.jp:03/05/20 23:22
>>105
現行のWPSはDSOMの上には載ってないぞ。判ってるとは思うが。
だから議論は本スレに書けや。

それと>>1氏ね。

107 :Be名無しさん:03/05/21 00:38
>>106
実は書いてるの>>1だったりしてな

>>1
氏ね。

108 :山崎渉:03/05/22 01:50
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

109 :Be名無しさん:03/07/02 03:51


110 :山崎 渉:03/07/15 11:20

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

111 :puchi wara:03/10/05 10:02
おやすみ >>110

112 :Be名無しさん:03/10/13 01:22
保守

>>1
氏ね。

113 :Be名無しさん:03/11/04 13:38
保守

114 :Be名無しさん:03/12/03 21:50
この板はジサクジエン(・∀・)やり放題だな全く(藁

おっと、
>>1
氏ね。

115 :Be名無しさん:03/12/28 21:04
嵐は氏ね>>114

116 :Be名無しさん:04/02/22 03:30
久しぶりに>>1氏ね

117 :Be名無しさん:04/04/19 16:53
(・∀・)

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